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February 28 ティファニー美術館毎年2月後半には、松江市民1人1回に限り「ルイス・C・ティファニー庭園美術館」の無料券が配られるので、昨日夫と行ってきた。毎年新しい展示物が増えるわけではないが、今からおよそ100年前のアールヌーヴォーの世界にタダで浸れるのだから行かない手はない。
天気は良かったのだがなにしろ寒かった。いつもなら美術館南の宍道湖岸まで降りてボーーーッとするのだがそれもそこそこに切り上げ、自慢のイングリッシュ・ガーデンも見ないで、ひたすらティファニーの造形を鑑賞する。 すごいなと思うのは、日本の浮世絵や陶磁器が無かったらアールヌーヴォーは生まれていなかったという事実だ。美術館の最初の方の部屋に、ヨーロッパ美術に影響を与えた日本の芸術品が展示されている。柿右衛門の染付け陶器や、北斎、歌麿の浮世絵等。あるいは1900年のパリ万博でのジャポネブームも紹介されている。アールヌーヴォーの柔らかな曲線や繊細な描写、大胆な構図などは皆日本から始まったものだったのだ。 また、当時の屋内を再現した展示室もある。それがちょうどアルセーヌ・ルパンが活躍した時期に当たるものだから、彼はこんなサロンに夜な夜な出没していたのだろうと妄想する私はどっかオカシイか(笑)。だっていかにも夜会服の男が立っていそうな雰囲気なのだから。 松江の市街地からは西に少しはずれたところにある美術館だが、実にのんびりとした綺麗な美術館である。宍道湖から当たる日差しでステンドグラスも綺麗である。松江観光で時間に余裕があれば、是非どうぞ。 February 27 Meckel's diverticulum『BJ』覚え書き。原題は「再会」。一話の中で5~6年の歳月が流れるお話である。原作では、「ブラックジャック」ではなく「間」と呼ばれていた頃のBJの描写があった。このエピソードの主人公であるアキラが5年の間に変貌するように、BJも「間」から「ブラックジャック」へと変貌を遂げる。しかし、アニメでは最初からブラックジャック。おまけにピノコまでいる。あっちょんぶりけ、であった。その他の点では大きな改変はなかったように思う。綺麗なラブストーリーだったし、やり残したメッケル憩室の手術を将来必ずさせてくれと言うBJも本領発揮というところだった。
メッケル憩室といえば、BJストーリーでもうひとつ思い出すのは「助っ人」である。BJの恩師である山田野先生が目を悪くし、BJに手術の助っ人を頼む症例がやはりメッケル憩室だった。私が医学図書館員だったころ、こういう『BJ』で覚えた医学用語を文献の中に見つけたときは胸が躍ったものだ。「dengue」「kala-azar」なんて、おお、あの話に出てきたあれだ、なんてね♪ 逆に、医学用語を覚えると「cardiotoxin」なんてネーミングのオカシサがわかったりして面白かった。まんまやんけ(笑)。 余談だが、職場の先輩が喉の調子がおかしくて病院に行ったら食道憩室と診断されたことがあった。結局、切除せずに様子を見ることになったのだが、その後はなんともないようだ。 February 26 勉強すること学生時代にあまり勉強しなかったせいか、今頃になって勉強したいなと思うことがある。いざ勉強し始めたら頭がついていかないこともわかっているのだが、それでも。
大学時代、専門課程の講義に社会人の女性がひとり聴講に来ていた。週に一度その講義がある日には、現役のどの学生よりも早くから教室に来て熱心に資料に目を通していた。何回かお話をする機会があって、化粧品の会社に勤めているのだけれど何かを学びたくて聴講に来ているのだということを知った。大学で勉強してみたかったしね、とも言っていた。講義が終わるとそそくさと職場に戻っていく姿が大人だった。何回か講義があって、「日本人なんだから国語学なら解ると思ったんだけど、やっぱり難しくて解らないわ。でも勉強しているという実感が味わえて嬉しかった。話しかけてくれてアリガトね」と言って、彼女は聴講をやめていった。その時何故だか私にふわふわのパフとパウダーをプレゼントしてくれた(これは今でもそのまま持っている)。 彼女は当時何歳くらいだったのだろう? 今の私よりははるかに若かったと思うが。仕事の時間を割いてでも勉強したいと思った彼女を、今さらながら立派だと思う。専門課程でなくて一般教養過程の講義だったらもっと面白かっただろうにと残念だ。彼女の目から見れば、私のような真剣味のない学生は歯痒かっただろうと思う。あり余るほどの時間を持っていた私達を、彼女は羨ましく思っていたかもしれない。いや小憎らしいと思っていたか? 今はただ赤面して恥じ入るほかはない。そして、今なら彼女の気持ちがわかる。勉強することの楽しさ、勉強したいという願いが理解できる。人間、年を取らないとわからないことがいっぱいある。 February 25 危険運転なかなか暇がなくて運転免許の更新に行かれない。今日なら時間があったのに、土曜日だけはやってないし。
この記事を読んで思い出した話がある。人から聞いた話だが、ある男性が電柱か何かに車をぶつけた。近所の人が警察に電話したことを知った男性、慌てて近くの酒店に飛び込んでコップ酒を購入、その場で飲酒。「いや、ワシ、素面で警察と話なんかようせんもんで…」。この男性の嘘が通用したかどうかは知らない。
もうひとつ思い出したずいぶん昔の話。取り締まりに引っかかって酒気帯び運転がバレた男性。こってり絞られてキップを切られて、その場は放免。「気をつけて帰ってください」と言われて帰されたとか。帰宅した後で思ったのは、「車で帰らせちゃマズイんじゃないの?」ということ。もっともだ。 一時期見かけなかったが、最近また携帯で話しながら運転する人の姿をよく見るようになった。事故を起こしてからでは遅いのに、と思う。自分や家族がもしそういう危険な運転者の車にはねられたりしたら、とは考えないのだろうか? ……考えないんだろうな。 February 24 人を呪わば…なんだかナサケナイ泥仕合を見せられたホリエモンメール騒動。いったい何だったんだと、開いた口が塞がらない。結局N議員の休養ということになったようだが、メールが事実なら事実で明確な裏づけをしてから発言してほしかったし、ガセならガセで潔く謝罪して国会を紛糾させたことと個人を誹謗中傷したことへの償いをすべきだと思う。そもそも国会というのは、国家について重要な問題を議論する場であって、議員が面白くも無いスタンドプレーをする場ではないはず。ほかに議論すべき問題がたくさんあるのに、くだらないことで時間を取るなと言いたい。(いささか旧聞のネタだが、ひとこと書いておきたかったので。)
『ブラック・ジャック・ネオ 1』(田口雅之著)読了。うんまあ、こういうBJがいてもいいとは思うが、BJが喋りすぎかな。手塚BJはだいたいにおいて寡黙でなおかつ無表情だから、何を考えているのか(あるいは何も考えていないのか)わからないところがある。それを想像するのが楽しいのだが、田口BJは一から十まで説明してくれる。それがかえって余韻を無くしているのかもしれない。後に残らない。
『幻想に生きる親子たち』(岸田秀著)、『サイエンス言誤学』(清水義範著)、『やりにげ』(みうらじゅん著)を平行読書中。こんなにたくさんの女の人をよく覚えているなぁ、みうらじゅん(笑)。 February 22 島根県竹島地方ニュースではやっていたものの、9時の全国ニュースでは「た」の字も出なかった 今日は「竹島の日」。日本国民の興味の程度はしょせんその程度。ここ松江市ではここ数日街宣活動が喧しかったので、否が応でも思い出さざるを得なかったのだが…。韓国では小規模な抗議運動が行われたらしいが、昨年のように日の丸と島根県旗を踏みつけにする光景などは見られなかったようだ。両国ともに「従来の主張に変更は無い」との見解が出されて、騒ぎも沈静化というところか。
しかし、テレビの報道などを見る限りでは、韓国では「竹島(韓国名は独島)は韓国のもの」という教育が徹底されているようだ。教科書にもはっきりそう書いてあるようだし、「独島はわれわれのもの」という歌までCDになっていて これが結構誰でも知っているポピュラーな歌なのだそうだ。おまけに、現在竹島には一組の韓国人夫婦が居住しており実効支配の様相を呈している。一方日本では、すべての教科書に竹島問題が書かれているわけではないようだし、一応島根県では「今日はその問題に触れましょう」というお達しもあったようだが 在日韓国人の教師もいるしということでどの程度実施されたのか定かでない。というようなことで、昨年島根県が乾坤一擲の思いで国につきつけた「竹島の日」制定条例も、大きなムーブメントにはならず空振りの様相が濃いようだ。 この問題、とかく感情論になりがちなので、両国間で決着がつかないものなら、世界規模で調停してくれる機関に裁定を委ねるとかいうことはできないものなのだろうか?(と、去年も書いた気がする。)日本人は忘却の彼方でも、徹底した教育を受けた韓国の人々から謂われ無き恨みを買っているとすれば、とても嫌な気がする。 February 21 あれこれ久しぶりにB○○K-○FFへ行った(←○で伏せ文字にしたのに支障なく読める不思議・笑)。「あほキリコ」と「甘党BJ」の謎に挑むべく関連書籍を買いに行ったのだが、以前は腐るほどあった(失礼)BJ本が品薄状態。少チャンコミックスでさえ全巻揃っていない。昨今のBJブームは本物だな。とりあえず『BLACK JACK 300 STARS' Encyclopedia』と『ブラック・ジャック・ザ・カルテ 1』を買って帰る。残りのものは書店で取り寄せてもらおう。これまではこういう解説本とか公式本の類は読んだことがなかった。ただ原作を飽きるほど(飽きていないが)読むだけだったのだが、こういうガイドがあればまたそれはそれで新しい発見もあるのだろうと思う。楽しみ楽しみ♪
さて、1ヶ月ぶりにアニメ版の放送予定(仮)が更新されていたが、少なくとも5月8日までにキリコの出番はなさそう。春の特番でまたまた1ヶ月近く放送が中断されるのが腹が立つ! February 20 恋人もイカの頭も…はい? って感じの今日の『BJ』(原題「ブラック・クィーン」)。BJの恋心はどこへ行ったんでしょうか神様? プレゼントは? ラブレターは? ブラック・クィーンが患者の痛みに目覚めることより、私にはそっちが重要だったんですけど……。
『ブラック・ジャック』全243話中、BJが自ら女性に対する恋愛感情を口にした相手は二人しかいない。医局員時代の恋人如月恵と、ブラック・クィーンこと桑田このみの二人である。きょうの「ブラック・クィーン」は、ブラック・ジャックの女性版と噂の高い桑田このみと出会うお話。少しも躊躇わず腕でも脚でも切断する女外科医ブラック・クィーン(以下BQ)だが、恋人である間久部緑郎が大怪我をして病院に担ぎ込まれてくると、さすがに心が乱れて脚を切断することができない。そこへやってきたBJに尋ねる。「恋人の命にかかわるとき、あなたは手でも足でも遠慮なくお切りになる?」。BJ即答「切りますね。…(中略)…医者の診断に恋人もイカの頭もありませんな」。出た!イカの頭! いやそんなことはどうでもいいのだが、実際にBJは恋人を手術したことがあるわけだから、この「切りますね」には説得力がある。 原作では、本当はこの時BJはBQにクリスマスプレゼントと手紙を渡すつもりだったのだが、アニメではそういう設定はばっさりカット(悲)。泣き崩れるBQを見てすべてを察したBJは、睡眠薬でBQを眠らせ、その間に緑郎の脚を切断せずに治してしまう。目覚めて狂喜するBQ。一方、BJはBQに渡せなかった手紙を破り捨てて人知れず去っていくのである。く~~、男だねぇ、渋いねぇ、となるはずだったのに………。 やっぱりあれですよ。女性がゲストのときには、あまりピノコは出てきちゃいけませんよ。BJだって一人の男なんだから、惚れたり惚れられたり、浮いた話の一つや二つ無くっちゃ面白くありません。でもなぁ、そういうときに限ってピノコがイイ仕事するんだよなぁ。今日も今日とて、「飲み屋で酔いつぶれた女の人が忘れた指輪を持っているんじゃ…?」とやけに詳しく図星を指してBJをうろたえさせていた(笑)。 この話、実は連載当時に読んだときからとても不思議な話だった。何故、BJともあろう男が、バーで絡んできただけの女外科医に心を動かされたりしたのだろう、と? 同業者としてのシンパシーか? いや、バーではそんな突っ込んだ話などしていない。それなのに、BJはのこのこ相手の勤務先まで出掛けて行ってプレゼントと手紙を渡そうとしているのだ。やっぱり美人だからかな? このあたりの違和感が今日のアニメの改変へと繋がったのかもしれない。案外、皆が不思議に思っていたのかも。如月先生に対してはなかなか愛の告白ができなかった初心なBJだが、その後BQと出会うまでの間にはいろいろと何やかやと様々なあれやこれやがあって、研鑽を積んだのかもしれないと思ったり。 ちなみに、「『ブラック・ジャック』ファンに100の質問」のQ52.には「ジャックからクィーンへ」の手紙の内容を推理せよという設問がある。私の答は2005年9月25日の記事に書いたが、今考えると、もっと突っ込んだこと書いているのかもしれないとも思う。 February 19 (備忘録)手塚Jr. のブログで見かけた、大塚周夫さんと大塚明夫さんの父子共演の話題。もしかしたら「えらばれたマスク」のキャスティングかな、と。
今週は市民税等の申告と、記念日がひとつと、それから天気が良ければ免許の更新にも行ってしまおう。ああでも他にもあれやこれやあるな…。 February 18 BRAIN『サイエンスミステリーそれは運命か奇跡か4』を途中まで観た。(番組表に書かれていた内容は次のとおりだが、この最初の話題が番組では一番最後に取り上げられていたので、それだけ観ていない。)
肉体年齢100歳の少女アシュリー同病少年に届けた魂…母にも異変▽突然妻に去られた男不思議な絵が語る真実▽恐怖遺伝子を背負う夫の悲願に妻涙の献身▽脳を損傷した男の謎罪深き人生奇跡の復活 脳科学なのか遺伝子科学なのか、素人にはよくわからないが、いずれも脳の変化に関係してその人生を翻弄されている人々の話であった。契機となったのは脳損傷だったりクモ膜下出血だったり精神的なショックだったりするのだが、その前後で人格が一変する様子が衝撃的である。生体維持や運動機能には問題がない。しかしそれまでのような社会的生活を送ることが困難になる。周囲の人々は、決して悪気ではなく「人が変わった」と言う。家族の者はどうしてよいかわからず、次第に関係が崩壊していく。いくら科学レベルでセロトニンだドーパミンだと原因が究明されても、一度崩壊した人間関係はそう簡単には修復できない。そういう意味で、脳の病気や損傷は他の臓器の場合とまったく性格を異にしていることを強く感じた。 脳はその人そのものなのだ。飛躍して考えれば、生物は脳を維持するために生きているのかもしれないとすら思う。食べることは脳を衰えさせないため。食べ物は咀嚼消化吸収しなくてはならないから、そのための内臓を作る。食べ物を得るには動かなくてはならないから、そのために手や足を生やし骨や筋肉を発達させる。脳は使わなければ衰えるから、適度な情報を取り入れるために目耳鼻口皮膚を作る。楽しいことをしたいのも、脳がそれを欲しているから。眠るのも、SEXするのも、みんな脳を維持するためだけの行為なのかもしれない。 もしも、生まれたばかりの子どもの脳を比べれば、個人差はほとんど無いのだろうと思う。その後の教育や環境によって知識や理性を育てることは高等生物の特権だ。爆発事故で脳の一部分を吹き飛ばされた男性が自分を抑制する機能を失った症例を見ると、人間社会の関係ではその部分(後から学習した部分)こそがその人の個性として、その人そのものとして認知されていることがわかる。だから、その人なりの部分が無くなれば、それまでどおりに生きていくことが困難になってしまうのだ。漠然と、痴呆もそれと同じだと感じた。長い人生の間に築き上げてきたその人独自の部分が徐々に欠落していって、生まれたての子どもの脳に戻ろうとしている、そういう気がした。そして、そういう脳の変化もまた脳の計算だとしたら…。 February 17 『鬼平犯科帳』久しぶりに『鬼平犯科帳』を観た。スペシャル版で「兇賊」。これと言って血湧き肉踊るストーリーがあるわけではないが、レギュラー陣がそれぞれの役を自家薬籠中のものにしてしっとりと魅せてくれるから、ついつい引き込まれる。
登場人物は、役所の連中以外はほとんど脛に傷を持つ人々である。闇の部分を隠しながらまっとうに生きようとする彼らに対する長谷川平蔵のまなざしは限りなく優しい。だから彼らも精一杯報いようとする。その心意気や生き様がもう何とも言えず佳い。 今回は若村麻由美さんが夜鷹の役で出演していた。まさに妖艶! 綺麗だったな~♪ わが身を振り返って、同じ「女」という生き物であることが信じられないくらい。最近あまりテレビで見かけなかったので嬉しかった。もっともっと出てきてほしい女優さんである。 ジプシーキングスのエンディングも大好き♪ February 16 前途多難昨日は皆様にご心配をいただくようなことを書いてしまったので、きょうは気を取り直して何か弾けた話題をと考えたのだが…。
以前から調べてみたいと思っていたことが二つあった。「A:キリコはアホで抜け作である」「B:BJは超絶甘党である」という二つの定説の根拠は何かという、まことにどうでもいいテーマである。まずAのほうからネット上をブイブイ検索して見て回っていたらこんな時間になってしまい、しかもさっぱり根拠はわからない。どこでもかしこでも最初から「キリコはアホである」という前提に立ってしまっている(あわれキリコ…)。 調べがついたら、アップしたいと思います。 February 15 浅い呼吸「私ウツかなぁ?」とMが言う。何故と問うと、最近やる気がめっきり起こらず、物忘れが酷くて失敗するし、思考の傾向が後ろ向きだし、四六時中気分が晴れなくて何もしたくないとのこと。可笑しかった。私とまったく同じだったから。だから少し安心もした。Mがウツだというのなら私もウツだ。
例えば、夜中にふと目が覚める。昨夜も同じような時間に目が覚めたと思い出す。でも昨日の私と今日の私は違うと考える。昨日の私の方が24時間分若かった、昨日の私の方が24時間分多くの未来を持っていたなどと思う。すると、もう眠れなくなる。 面白オカシイ話を聞けば、笑うことはできる。しかし次の瞬間には気分が沈む。時間の経つのが速い。身体が重い。頭の中で考えや計画がまとまらず、何をするのもギリギリのやっつけ仕事になってしまう。思っていたことの半分も行動に移せない。自分で自分に腹が立つ。心に余裕がない。 何かやりたいことをやればいいのか。やりたいこと……何だろう? とりあえず1週間ばかり引き籠ってみるというのはどうだ。誰にも会わず、一歩も表に出ず、電話もネットもシャットアウトして、仕事も家事も放棄して、食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、ゴロゴロするというのは? なかなか良さそうだが、1週間後に現実世界に戻れる自信がないし、戻れたとしても問題は解決していないような気がする。 傍から見ると、私は悩みなんか何もなさそうな、よく笑う朗らかな性格に見えるらしいし、そういう役割を期待されてもいる。本当の私は全然違うのだが、一生そういう役を演じ続ければそっちが本物になるのかもしれない。そんなふうに自分を騙せるかもしれない。だから、滅入った気分を握りつぶして、明日からの私もきっと笑っているのだろうと思う。いつもどおりに。 February 14 頑張れ男の子小学2年生くらいの3人連れの下校風景。私とすれ違うときに聞こえた会話。
女の子A:「あたしヘビ大好き♪」(←どうやらこの子がリーダー格) 女の子B:「あー、あたしも」(←不本意ながら追随) 男の子 :「僕も、僕も」(←明らかにウソ) この後、男の子が驚くべきことを言った。 男の子 :「僕このあいだ900メートルのヘビ見たよー!」(←すごく自慢げ) これを聞いたわかばちゃん、笑いを噛み殺すのに必死で変な顔になってます。子どものウソは罪がないが、限度も容赦もない。ツボにハマッちまったじゃないか! ホラを吹くにも程がある! またその900メートルという半端な長さは何なんだ! あんたは頭の先から尻尾の先まで見たんかい?! と頭の中でツッコミを入れながらすれ違う。 女の子AB:「「ふ~~ん」」(←あいづち) 女の子A :「あたしね、陸イグアナも好き~♪」(←本当に爬虫類が好きらしい) 女の子B :「あー、あたしも」(←陸イグアナ知らないけど追随) 男の子 :「……」(←さっきの発言で燃え尽きたらしい) 男の子の発言は、軽くスルーでした。なかなかいいセンスだと思ったんだけどな…(笑) February 13 生きがいがあることの幸せ『BJ』感想。原題は「老人と木」。幼い頃自分を救ってくれたケヤキの木を死守しようとするおじいさんのファンタジー。原作はしっとりとした情感のある佳作だが、アニメでは写楽、和登、久美子が出過ぎて少々ガヤガヤした印象になってしまった。BJの登場も少なかったしメス投げもなかったし(ブツブツ…)。
テーマは、生きがい…なのかな? 開発のためにケヤキが切り倒されると知ったおじいさんは自殺を図る。危ういところをBJに救われるわけだが、命を取り留めてもまた自殺を図るのではないかと危惧するBJ。しかし、おじいさんは夢の中でケヤキの声を聞き、西の峠にあるそのケヤキの子孫に当たる木の世話を頼まれる。西の峠にケヤキは確かに立っていた。おじいさんは再び生きがいを見出すのである。「ほんとにケヤキがそういったのかちら」と言うピノコに、「じいさんが生きがいを見つけた それだけでいいじゃないか」と言うBJはクールだが優しい。 この話は、手塚治虫自身も講演で触れていて、「…ブラック・ジャックは医療とは何か、人間の幸福とは何かという問いを繰り返すのです。」と語っている。老いてから生きがいを持って前向きに生きていくことはなかなか難しいことのように思われる。そんな時代の中で、見返りを求めるわけでもなくただただケヤキを愛し続けたおじいさんが、幸福な老後を過ごすであろうことがジンと胸に沁みる。出崎OVA版では「緑の想い」という題名の一編にこのエピソードが使われていて、こちらもなかなか佳い出来だった。(はっきり覚えていないが、ラストもカッコよかったような気がする。) さて来週はいよいよ「ブラック・クイーン」の登場。本来はクリスマスのネタなのだが、どうアレンジするのか興味津々。BJ!ちゃんとBQ宛てのプレゼントも手紙も用意していてくれよ! February 11 イラスト御礼先日、あるBJ創作サイト様の5555キリ番をドカッと踏んでしまい、怖気づきながらも図々しく「とびっきり可愛いピノコ。BJやキリコを想ってチョコを作ったりしていたら最高♪」というリクエストをしたところ、こんな可愛いイラストを描いてくださいました(髪のリボンがハートだよ♡)。ありがとうございます、夜篠様♪ ホント嬉しいです♪
チョコを作っているところも考えたけれど…ということでしたが、このシチュエーションのほうが数段良いです。ピノコのキラキラした視線の先には、鼻の下伸ばしきったBJとキリコがいるんだと思うだけで顔がニヤケてくる私をどうしたもんでしょうか?(←病気) 拙宅に飾らせていただいてよいかという不躾な申し出にもご快諾くださったので、謹んで飾らせていただくことにしました。ちなみに、赤いリボンがBJ用で、黄色いリボンがキリコ用とのこと。
私の妄想内では、この後BJが「なんで同じ大きさなんだ?」とネチネチネチネチ因縁をつけ始め、キリコが「俺の方を露骨に大きくするわけにもいかんだろう。ねぇお嬢ちゃん」と応じたために、メスと注射器が飛び交う喧嘩に発展……。すみません夜篠様、私の脳内の黒医者二人はいっつも喧嘩モードです(汗。ほのぼのと暖かい夜篠さんのキリジャに乾杯!! エプロンはフリフリよ~~♪ February 09 赤影さんの切手入手を諦めていた「赤影」の記念切手が、遠くのお友達のご厚意で手に入れられる見込みになった。ありがたい。嬉しい。もうなんとお礼を言ったらよいのかわからない。ひたすら大阪方面に向かって手を合わせております。
私も一応の努力はしたのだ。数日前に最寄の郵便局で「……赤影の……切手…」と申し出た勇気に対しては、自分で自分を褒めてやりたい。だって、好きなものを好きだというのは、ものすごく恥ずかしいことなのだ、乙女にとっては(誰がだ?)。でも、赤影さんへの愛に後押しされて、言ったのだ。偉いぞ自分。そしたら、係の女性が「はあ?赤影の切手?」と大声で聞き返したのだ。他のお客さんと職員さん全部の目がこっちを向いた。もうね、私ね。泣きたかったよ。 以後、注目を浴びつつ、「あのマンガの?」「え…まあマンガというかテレビというか…」「そんな切手が出てるというのは聞いたことがないんですけど」「ネットの情報にありまして…」「いつごろ?」とかもう延々。自分で耳まで真っ赤になってるのがわかるのがまた恥ずかしい。当分あの郵便局へは行くまい。 しかし、この恥ずかしさというのは何なんだろうな?バレンタインデーに好きな男の子にチョコをあげる恥ずかしさと同じ類のものだろうな。乙女の恥じらい……キャー! テンション高くてスミマセン。嬉しくてもうなんともかんとも支離滅裂です。 |
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