わかば's profileわかばの日記Blog Tools Help
    June 30

    円空仏と木喰仏

    NHK教育で、円空仏と木喰仏が取り上げられていたのを観た。江戸時代のほぼ同時期に活躍した円空と木喰は、共に素朴な仏像を数多く残している。円空仏は何度か実物を見たことがある。子どもの手遊びのような仏様だが、それが何とも言えず懐かしい。「全ての木に仏が宿る」と言った円空にしか表現できない仏の姿であろう。私が見たものは簡単な線彫りなのに慈愛に満ちた表情をしておられた。木喰仏は楽しげな笑顔が特徴的。しかし木喰が笑顔の仏像を刻むようになったのは80歳を過ぎてからのことだったそうだ。何か悟るところがあったのかもしれない。

    番組では、全身傷だらけの円空仏や 顔面が磨耗した木喰仏が紹介されていた。きっと長い年月にわたって人々から愛されて、撫でられ擦られてそうなったのだろうと思っていたら、そんな生やさしい理由ではなかった。近所の子供達が水遊びでボールのように投げたり、浮き輪の代わりに使ったり、果てはソリの代わりにして仏像の顔面で滑っていてそうなったというのだから、笑った。運慶だの快慶だのが彫った仏像ならば「この罰当たりめが!」ということになるのだろうが、円空仏や木喰仏だと、仏様も子供達と一緒になってキャッキャッ言いながら遊んでおられるような気がして楽しい。愛すべき仏様たちである。
     
     
    さて、速いもので、今年も半分終わった。夏の大祓えで末次神社にヒトガタさんを持って参った。残り半分も何事も無く過ごせますように。(写真は社殿前に作られた茅の輪)
    June 29

    (備忘録060629)

    夫の仕事の手伝い中のため、本日の記事はお休み。

    しっかし、腹立つよなぁ北朝鮮! キムさんも嫌々言わされているのだとしたら気の毒だが、めぐみさんのご両親の御心中を察すると、言葉が無い。
    June 28

    「もしも」バトン

    トーレスさんとこから「もう回さない」と書いてあるバトンを無理矢理強奪してきました。スンマセン。面白そうだったもので、つい。
    「もしも○○するなら誰?」に答えるもので、別に対象は限られていないようですが、当然の如くここは『BJ』の登場人物でいってみたいと思います。やってみてわかったことが一つ。私、BJファンのくせに、BJを恋人にも結婚相手にもしたくないようなのです。どうやらBJをただただ可愛がりたいようなのです。(←結構マジで驚いた。)何でしょうコレ? 母性本能とやらいうものなんでしょうか? こんな男が同じ家の中にいたら、そりゃあマメに世話したくなるんじゃないかと思いました。ちょっとだけBJに対するピノコの気持ちもわかったような気がしましたよ。
    ではいってみましょう「もしもバトン」。

    ■手をつなぐなら
     琵琶丸。
     盲目だから手を引いてあげたいと。そうすればお礼に身体の悪いところを治してくれるかもしれないという下心もあるし、個人的趣味としてカサカサの乾いた手が好き、ということもあって。琵琶丸の手、なんかもう干からびていそう…。
     
    ■抱きつくなら
     冬造(シュマリ)。
     斬っても突いてもびくともしないような、松の大木みたいなデカイ人がいい。守られているという安心感が欲しい。マグマ大使なんかもいいなぁ。ちょと固すぎるかなぁ。
     
    ■抱きつかれるなら
     BJ。
     基本的に、抱きつくという行為は甘えたいときの仕草だと判断。「抱きしめられるなら」という設問なら答も違ってくると思われ。
     BJが物も言わずに抱きついてきたら、それも涙目だったりなんかした日にゃもうアンタ!(なんだなんだ?!) 
     
    ■恋人にするなら
     キリコ。
     百戦錬磨で女性の扱いが上手そうな感じがする。どこへでもエスコートしてくれて、それなりに楽しめそう。別れるときもアッサリして後を引かない感じ。あれ? 長続きしそうにない感じがするのは何故だろう?(笑
     
    ■ペットにするなら
     シャチのトリトン。
     たまに間違えて喰われそうになりながら、スピード泳法を習う。スリル満点。それってペットか?
     
    ■結婚するなら
     蟻谷さん。
     真面目で優しくて、その上男気のある人だと思うから。見た目パッとしないけど、こういう人と結婚したら幸せになれるんじゃないかな。
     
    ■浮気するなら
     友引警部(アセチレン・ランプ)。
     浮気って言っても、居酒屋で一緒に酔いつぶれるくらいだろうな。なんでも喋れて、それを受け入れて翌朝には忘れてくれそうな男。ただ記憶が飛んでるだけ、とも言う……。 
     
    ■両親にするなら
     父:本間先生(猿田彦)。母:白拍子先生の母。
     どっちも厳しいけど優しい。
     
    ■兄・姉にするなら
     兄:辰巳先生(どろんこ先生)。姉:ブラック・クイーン(ゼフィルス)。
     底抜けに人の良い兄と、しっかり者の姉。
     
    ■弟・妹にするなら
     弟:白拍子先生(トッペイ)。妹:ピノコ。
     天然抜け作の弟と、しっかり者の妹。
     
    ■子供にするなら
     BJ。
     あんなに切なく母を想う子どもなんて他にいないでしょう!(←そのためには母が非業の死を遂げなくてはならないことを失念している)
     
    ■虐めるなら
     日本医師会会長(アリゲーター)。
     ことあるごとにBJの邪魔をする男。もうギッタンギッタンな目に遭わしてやりたいですな!
     
    ■虐められるなら
     う~ん…。誰からも虐められたくないなぁ。でも強いて言うなら、キリコ。
     キリコが誰かを虐めたいなんて思うのは、よっぽど何か嫌なことがあった日なんだろうと。私でいいなら虐められてやるさ。
     
    ■語るなら
     ヨーコ。
     いや、ちゃんと語れるかどうかわからないけど、純真さの塊みたいな女性でしょ。あれはもう天使の範疇。側にいるだけで、こっちも少しは感化されるんじゃないかと期待して。
     
    ■甘えるなら
     友引警部。
     「しょーがねーなー…」って言いながら甘えさせてくれる気がする。うふん♡
     
    ■甘やかすなら
     BJ。
     もう何やっても許す。どんどん甘えなさい金は無いけど。
     
    ■敵に回したくない人は
     間久部(ロック・ホーム)。
     彼は根に持つタイプじゃないかな。かなり陰湿なことをやりそうで怖い。
     
    ■デートするなら
     ブリリアント3世。
     いい男だし、ゴージャスでノーブルなデートができそうだ。どんなのがゴージャスでノーブルなデートかってーと……まったく想像できないのが悲しいな!(←一般ピーポー)
     
    ■旅行するなら
     如月先生。
     旅慣れしてるから、一緒に面白い経験ができそうだ。昔話とか、いろいろ聞いてみたい。
     
    ■まわす人11人
     興味のある方、どなたかもらってくださ~い。条件とか注意書き等がないので、小説、マンガの登場人物、実在の歴史上の人物等々、誰でもいいのではないかと思います。やってみると面白いですよ。

    トーレスさん、楽しいバトンをありがとうございました♪ (賞味期限切れとのことでしたが、まだ大丈夫ですレモン味。)
    June 27

    ケアマネージャーさん

    実家の両親のことでケアマネージャーさんと電話で話をする。ここしばらく私の体調が心身ともにすぐれないということをチラッと話したら、親身になって心配してくださった。仕事柄、いろいろなお宅の事情を見てきておられる人だから、「頑張っていたところへ……(内緒)……なことがあって、何かが切れちゃったんですね。介護しておられる家族の方には、そういうこと、よくありますよ。精神科に通っておられる人もありますし。無理しないでくださいね。美味しいもの食べて、楽しいことして、やりたいことやって、今は自分に優しくしてあげてください」と言ってくださった。涙が出そうになって困った。
     
    ありがとう。
    June 26

    「地の果てまでも行ってやる!」

    本日の『BJ21』。作画は内田さん。原作は「ある老婆の思い出」となっていたが、キャサリン・バート夫人の顔が「メアリおかあさん」の顔だったことと、舞台が同じくニューヨークだったことを除けば、まったく類似点の無いアニメオリジナルストーリーだった。先週に引き続き「本間血腫・後編」とでもしておいた方がよかったと思う。因みに原作の「ある老婆の思い出」はオチが素晴らしい逸品。一度しか使えない(二度使ったらシラける)あのマジックは、手塚御大も描いていて痛快だったのではないかと想像している。

    セントラルパークに二週間倒れっぱなしだったBJを救ったのは、やはり母の形見のペンダントだった(『荒野の1ドル銀貨』を思い出すゾ)。服の上からあの小さなペンダントに偶然命中させた紅蜥蜴の腕はなかなか見事なものであった(爆)。結局それでペンダントが壊れて、中のマイクロフィルムにも気付くことができたわけだから、紅さんアッパレ大殊勲! 顔はシリアスだけどやってることが超マヌケな紅さん、だんだん愛おしくなってきた……(笑)。

    キャサリンの本間血腫をBJが手術したわけだが、それまでの「ヒュドラ KH0202」という信じられないくらい高性能の人工心臓を、別の人工心臓に取り替えることでとりあえずキャサリンの命を救うことができた。本間血腫とは人工心臓に起因する虚血性疾患だったのである。問題はその「KH0202」なのだが、たまたまペンダントから出てきたマイクロフィルムを解析してみたところ、「KH0202」の設計図であることがわかったのだった。なんて都合の良い展開だ! しかもだ。それを設計したのがBJの父親 間影三だったりするのである!(←もうこのあたりで、私は展開に付いて行くのに必死である。)その後、キャサリンの口から若き日の間夫妻、バート夫妻の思い出が語られ、「カゲミツは、ミオを愛していたわ。多分、今も…」という言葉に、BJが「そんなはずはない! あの男に、そんな心が残っているわけがない!」なんて激昂したりするのであった。ゼィゼィ……、なんか疲れたよ。しかし、原作の「本間血腫」に感じた瑕が、正体不明のノワールプロジェクトを絡めることで上手くクリアできていたように思う(のは気のせいか?)。

    えーと、でもやっぱりまとめないと意味がわからないや(バカ)。影三は「KH0202」をノワールプロジェクトから無断で持ち出したんだよな。てことは、その時点でノワールプロジェクトから足を洗った……てこと? 影三、もしかしてイイ奴? いや待て、何かおかしいな。おかしい気がするのだが、どこがどうおかしいのだか、もうよくわからない(笑)。とりあえず、最大のツッコミ所は、影三はいつペンダントにマイクロフィルムを入れたのだろうかということと、そのペンダントをみおにプレゼントしたのはいつか?ということだ。いつだったか、黒ちゃんが見ている前でプレゼントしてたんじゃなかったか? ま、もうどうでもいいや。

    あと……、ピノコの扱いがどうもね~……。今日もラス前のはしゃぎっぷりが、どうにも気持ち悪かった。ピノコはあんなアホではない。もっと大人である。今回はそういうシーンはなかったが、BJにやたらとベタベタくっつくのもどうかと思う。原作の二人の、あの絶妙な距離感は描けないものかな。『BJ21』になって、やっとBJが少し原作に近づいたのに、ピノコがますます赤ちゃん帰りしていくのが悔しい。

    さて、来週の舞台はカナダだそうだ。やっぱりキリコ家はフランス系なんだろうか。予告編ではキリコが銃を構えていたが、何をやらかすのか心配でならない(笑)。公式サイトではキリコさんがBJに殴られていた。よしよし、そのシーンを抜かしちゃダメだからね♪ その前の、壁に八つ当たりシーンも頼んまっせ。あと、諏訪プロデューサーの話では、キリコもノワールプロジェクトと関わりがあるそうで。ドキドキ。
    June 25

    別天地の動物

    NHKで、新疆(しんきょう)ウイグル自治区 “アルキン山自然保護区”が紹介されていた。周りを大きな山脈に囲まれた盆地で、盆地ゆえの厳しい気象環境の砂漠地帯だが、完全に外界から切り離された地域なので、珍しい動植物の宝庫でもある。私が興味をひかれたのは、その自然の別天地のような美しさではなくて、そこにいる動物達の有様だった。

    人間が近寄っても逃げないハヤブサ。初めて見たカメラに興味津々のキツネなどは自分の方から近寄ってくる。こういう様子を見ると、私なぞ無性に嬉しくてたまらなくなってしまう。野生動物達から害がないものと認識されるのって、無上の喜びではないかい? 少なくとも私にとってはそうなのだが。肉食獣なんかは下手すればこちらがエサになってしまうので近づかないに越したことはないが、危険度の低い動物達に受け入れてもらえることは、かなり嬉しいことに思える。食う食われるの関係ではなくて、利害関係もなくて、ただそこに居るだけの害のないものになれたら……。

    手塚治虫の『ブッダ』には、動物と心を一つにしてその身体に乗り移る能力を持つタッタという男が出てくる。子どもの頃から難なくそういうことができていたのだが、大人になってからある目的のためにその力を使おうとしたら、できなくなっていた。邪心があると動物と心を合わせることができないというのがとても印象に残っている。また、マンガの中ではブッダ自身が動物に乗り移ることはないが、鹿とでも、自分を襲おうとしていたワニとでも会話ができる。動物と一つになることはないが、動物を人間と対等なものとして扱い接している。そういう姿が、私には非常に羨ましく眩しいものに映るのだ。万物の霊長なんて言っているが、人間なんて数ある動物の中のただひとつの種に過ぎない。謙虚に心を開いて動物と心を通わせられたらどんなに良いだろう。

    ここで話が飛躍するのであるが、人間以外の動物に「悪意」はあるのだろうか? 捕食手段として自分の顔の前に疑似餌のような器官をヒラヒラさせるアンコウのような魚がいるが、あれは生きるためのトラップであって悪意から発したものではなかろう。多くの種に見られるオスのライバル同士の喧嘩はあっても、そしてそれが流血沙汰になったとしても、それも成り行きであって悪意からではないだろう。他人の得物を横取りしてズルイと言われるハイエナだって、それは悪意ではなくて生きるためにやむなくやっていることだろう。猿が群れの中で自分の身の安泰を図るために上位の者に媚を売ったりご機嫌を取ったりすることはあっても、それが他の誰かを蹴落とすための策略であることもないように思う。

    そうしてみると、悪意というのは人間に独特のものなのではないかという気がしてくる。自分の心を一時的に満たすためだけの無駄な殺生や傷害、誹謗中傷、精神的迫害、他人の不幸を喜ぶ消極的悪意などなど。少なくともアルキン山のキツネにはそんな精神活動はなさそうに見えた。人間というのは哀しい生きものだな……。
    June 24

    太田光のマニフェスト

    本来なら昨日書くべきだったのだが。昨夜の『太田光の私が総理大臣になったら』がおもしろかったのだ。途中から途中まで、しかも飛び飛びにしか観られなかったのが残念。

    私が観たのは「ダメな総理大臣は国民投票でクビにします」というマニフェストの場面。石破元防衛庁長官と太田さんが丁々発止やりあっていた。詳細は省くが、話題がイラク戦争になったとき、石破元防衛庁長官が「結果、大量破壊兵器はなかった。しかし、ある可能性が非常に高かった」「核が撃たれたとして、何十万何百万人が死んだら(防空壕で蒸し焼きにされた500人のイラク市民がかわいそうだなどという)お涙頂戴みたいな話は全然通用しない」等の発言をしていた。うろ覚えだから少々間違いはあると思うが趣旨としてはそういうことだった。

    非常に腹が立ったのだ、私は。立場上、あの戦争を正当化しなくてはならないのだろうが、それにしても酷すぎる。イラクは最初からそんなもん無いと言っていた。それを有ると決め付けて一方的に戦争をしかけて、結果、市民を殺したのだ。「殺したのは日本じゃない」なんて言っていたが、そんな虫のいい話はない。アメリカを真っ先に支援すると表明したのは日本だっただろう? 今ではアメリカは事前の調査が不十分だったことを認めているし、イギリスだって総括しつつある。日本政府はいまだに何のコメントもしていない。やっぱあれだね。ここはアメリカ合衆国ジャパン州なのだろう。州知事は引退をひかえて抜け殻状態だしな。

    いやそれよりも、一連の討論を聞いていて思ったのは、最初に戦争ありき、の思想がいずれ世界を滅ぼすのだろうなということだ。常々思っているのだが、戦争は外交の手段なんかじゃない、ただの殺し合いである。様々な外交手段の中から、戦争というものを除いてもらいたいと思う。もちろん、石破元防衛庁長官はそういうふうには思っておらず「戦争は外交の延長である」と明言していた。こんなことを言うからこの人は私に嫌われるのだが、それはまあ置いといて。外交手腕が足りず、戦争まで行ってしまうことを、仕方がない、やむを得ない、と思うような人には政治家になってほしくないと強く思った。
    June 23

    『子どもは判ってくれない』

    正しい意見を言ったからといって、人は聞いてくれるわけじゃない。大切なのは、「その言葉が聞き手に届いて、そこから何かが始まる」こと。

    これが、『子どもは判ってくれない』(内田樹著)における大前提である。この本に収められている40を超える数のエッセイは、その実践であり、実証でもあろう。筆者はこの本においてやはり自分が思うところの「正しい意見」を開陳しているのであるから、それを肯定するか否定するかは読者の自由である。私の場合は、それらを読んでいろいろ考え込まされたりしたので、彼の言葉が届いたということになるのだろう。たいへん面白かった。

    話題は多岐に亘る。が、論旨は一貫していてブレがない。後半は国際情勢とか政治論にも関係する内容でちょっと難しい話になるが、前半は文学、社会学、哲学などを適度に取り入れて洒脱な文体で語られているので、全体としては読みやすい印象だった。ただ、著者と政治思想的に合わない人は読まないほうが無難だろうとも思う。はっきりそうであるとは書かれていないが、読み方によってはかなり辛辣に批判している対象があるので。そしてその対象となっている人々には「その言葉が聞き手に届いて、そこから何かが始まる」ことが期待できないから。……してみると、この本はかなり読者を選ぶ本だということになるのだな。

    最終章「動物園の平和を嘉す」にこんな文章がある。ちょっと長いが引用してみよう。
    「『戦争』を論じるときに、つねに自分を暴力の『主語』に措定し、暴力の『目的語』としての自分をまず優先的に考慮するということを『しない』というアメリカ人の習慣を私たちは自明のものとして六十年生きてきた。 私に言わせれば、これこそが戦後六十年間の『平和ボケ』の最悪の症候である。 私たちはあまりに平和に慣れてしまったせいで、『平和でない』というのがどういうことであるかを忘れてしまい、『たまには戦争もいいじゃないか』というような妄語を口走るようになってしまったのである。 愚かなことである。(中略)私は『動物園のシマウマの退屈』を『サバンナのシマウマの興奮』よりも得がたいものだと思う。」

    これで著者のおおよその政治的思想はわかると思う。私より一回り上、全共闘、朝日ジャーナルの時代に青春時代をすごした世代である。興味を持たれた方は、25ページにわたる「たいへんに長いまえがき」だけでも読んでみてください。損はないです。
    June 22

    (備忘録060622)

    内田樹『子どもは判ってくれない』を読み始めたら、止まらなくなった。面白い! 久々に読み応えのあるエッセイ集にぶち当たった(嬉)。
    朝日新聞で連載中の『ニッポン人脈記 ブラックジャックたち』の感想とか、いろいろ書きたいことはあったのだが、今夜は読書に専念する。
    June 21

    (備忘録060621)

    DVD鑑賞に忙しく、本日の記事はお休みします。
    June 20

    情報

    どうも昨夜からこっちテポドンについての耳新しいニュースが入ってこないところを見ると、やはりミサイル外交、恫喝外交だったのか? またもしもそうであったとして、北朝鮮は自国に有利な外交的条件を手に入れることができたのだろうか? しかし今夜10時過ぎの情報としては、、北朝鮮外務省は「テポドン2号」の発射問題について、それぞれの国の自主権にかかわる問題で誰も中傷する権利はない、として、ミサイル発射実験の凍結を確認した「平壌宣言」や6カ国協議共同声明などに拘束されるものではないことを明らかにしている。事実上、「平壌宣言」を破棄したことに他ならないと思うのは私だけか? もう破れかぶれになっている印象があるのが、不気味である。

    それにしても、午後9時のニュース番組を観ていたのだが、この問題に関して一言も言及されなかったのはいかがなものかと思う。新しい情報が無いなら無いで、「動きがありません」の一言くらいあってもよいのではないか? (緘口令が布かれているのではないかなどと憶測して逆に不安になってしまった。)マスコミがニュースとして取り上げる事柄の基準とはどういうものなのだろうかと、不信感とともに考えてしまうのである。正しい情報を的確に国民に知らせるのがマスコミの使命であろう。ジャーナリストの本分であろう。ミスリードするような個人的かつ感情的なコメントなど不要だから、気になる重大事項の続報くらいは流してほしいと思う。
    ---(つるさんのご意見に触発されて・笑)
     
     
    閑話休題。『BJ21』未確認情報。BJが今度はユリさんに狙撃されるそうで……(ヲイヲイ)。女難の相が出ておるのでしょうな~。
    7月10日 「オーロラの彼方に」
          なんだろう?緯度が高いところが舞台?オーロラの先……宇宙?わからないな~。
    June 18

    万一に備えて

    テポドンである。今回も北朝鮮は人工衛星の打ち上げだと言っているらしいが、テポドン2号の発射であることは間違いなかろう。既に燃料が注入されたとの報道もある。

    思い出すのは1998年10月8日の発射である。2つに分離したミサイルは日本列島を挟んで日本海と太平洋に落ちたのだが、当初の着弾予想地域は秋田県であったと聞く。(その4日後、北朝鮮は初の観測衛星を打ち上げたのだと発表したが、どこの国からもこの衛星の電波は観測されなかった。)問題は到達の時間だ。このとき、12時過ぎに日本海のイージス艦「みょうこう」が発射を確認して「着弾予想時刻は12時12分」と分析している。

    10分で日本に着いてしまうのだ。麻生外相も「日本に落ちる可能性も0ではない」と明言している。逃げようがない……。

    夫と話をした。「もしも真上に落ちてくるとしたらどうするか」と。とりあえず家族と同じ場所にいたい、どうせダメになるぶんでも一緒にいたいと思う。で、父母の住む家に集合ということにする。実際には不可能な話なのだ。とてもじゃないが10分では車でも行かれない距離なのだが、それでも、どんな事態になってもそこへ行くのだということにした。

    幸せな明日になりますように。
    June 17

    情報に踊らされる

    知りたくないことを知らないままで過ごすということが、なかなか難しいご時世。例えば、私にとってワールドカップなどあってもなくてもよい出来事なのだが、ネットに繋いでまず最初に出てくるのが「Yahoo!」のページなので、なんとなく情報が入ってきてしまう。先日の対オーストラリア戦も、テレビ観戦していなかったにもかかわらず、「前半日本リードで折り返し」とか「逆転を許す」とかで経過がわかってしまい、負けたと知ったときにはこれまたなんとなく悔しい気持ちになってしまった。バカバカしい。いや、ワールドカップがバカバカしいのではない。知りたいとも思わなかったことを知らされて、結果として心がざわめくのがバカバカしいのだ。何も知らなければ、幸せな気分で寝られたのに、などと思う。

    また、テレビで「やせる○○」などと特定の食材が紹介されると、スーパーでその食材が売り切れるというのもすごい。以前ココアを買いに行って、どこも売り切れだったので「?」と思っていたら、ちょうどその頃テレビの健康関連番組でココアが紹介されていたことを知った。昨年はトコロテンだったかな? 一時期山のように積まれていたが、すぐに元に戻った。次の食材に興味が移ったのだろう。

    なんだか情報に操作されているような気がする。「テレビを観るとバカになる」というのも一理あると思うのはこういう点である。一方的に送り込まれる情報を観ているうちに、いつの間にか自分で情報を選択して収集し判断する力を削がれている。人と一緒でなくてはならないとか、人と一緒なら安心だという心理も働くのだろう、流行に乗ってしまう。

    マスメディアだけではない。世間話や噂話などにも結構聞きたくないと思うような情報が含まれている。人の噂話なんてたいてい悪口に毛の生えたようなもので、「あの人は素晴らしいよ!」なんてものは滅多にない。また、喋っている人に対するこちらの心証まで左右することもある。内容云々よりも、自分の心に湧き上がる感情を持て余してしまう。バカバカしいと言って、これほどバカバカしいことはない。
     
     
    余談:ワールドカップなどあってもなくてもよいと書いたが、1978年のWCには何故か燃えた(いろんな問題があった大会だったのだが)。当時の友人達との間に一大フィーバーが起こり、皆で懸命にアルゼンチンを応援した(何故アルゼンチン?)。マリオ・ケンペスが人気の中で、私はGKのウバルド・フィジョールが好きで、当時買った犬のぬいぐるみにウバルドと命名した過去がある。
    June 16

    (備忘録060616)

    草取りで6ヶ所も蚊に食われた。虫よけスプレーなんか何のその、服の上から刺すんだもんな~。一時、気が狂いそうなほど身体のあちこちが痒かったが、薬をつけて今はなんとか収まっている。
    きょう頭の中でエンドレスに鳴り響いていた歌は、島谷ひとみの「Destiny~太陽の花」。昨日の『うたばん』で歌っていたが、ストリングスのアレンジがとても良かった。もうすぐ(21日)発売。買っちゃおうかな。
    June 15

    チョコレートが食べたい

    本日購入した本。
    『子どもは判ってくれない』(内田樹著)
    『雨鶏』(芦原すなお著)
    『銃とチョコレート』(乙一著)
     
    『銃と…』を買いに行ったのに、どうしても1冊だけ買って帰るということができない、これは私の悪いクセだ。『子どもは…』はトリュフォーの『大人は判ってくれない』のモジリだろうが、映画とは関係なく、「大人の対話法と思考を伝授」してくれる本だそうだ。面白そうだったのでつい買ってしまった。『雨鶏』は帯に「『青春デンデケデケデケ』の世界ふたたび!」と書いてあったのでこれもつい。『青春デンデケデケデケ』は私がこれまでに読んだことのある全ての本の中でも上位にランクされている本だ。明るくて切なくてホロリとする。芦原さんの本はその他にも何冊か読んだが、いずれも独特の味わいを持つものとして印象に残っている。この本も楽しみだ。

    『銃と…』から読み始める。まだほんの数ページなのだが、なんだかワクワクしてきた♪ 本の大きさといい、厚さといい、文字の大きさといい、所どころ挿絵が入っていることといい、幼い日に読んだポプラ社のルパンシリーズを思い出させてくれる。内容も、怪盗ゴディバだの探偵ロイズだのが出てくるようなので、胸躍らせて読むことにしよう。装丁も凝っていて嬉しい。……なんだかチョコレートが食べたくなってきたな(笑)。
    June 14

    ≪覚え書き≫ ヒュドラ(Hydra)

    ギリシャ神話に出てくる、レルネに住む怪物。魔神テュポンとエキドナ(ともに半人半蛇)の子。ケルベロス、オルトロス、キマイラなどと兄弟。
    古代ギリシャ語で「水蛇」の意味があり、巨大な蛇の姿で描かれる。
    9つの頭(5つから100まで異説あり)を持ち、切り落とされてもまた生えてくる(1つ切れば2つ生えてくるとも)。真ん中の頭は不死と言われる。
    エウリュステウスの命を受けたヘラクレスに退治される。←ヘラクレス12の功業のひとつ。
    天に昇ってうみへび座(全天で一番大きな星座。みずへび座とは別)となった。
     
    『ヘラクレスとレルネーのヒドラ』ギュスターヴ・モロー
    June 13

    きょうは下ネタでぃ

    いやもう昨日は早朝5時の地震から始まって(松江は震度3)、『BJ21』の新ED、ワールドカップの日本敗戦(観なかったけど)まで激震続きの1日だった。で、今日もしつこく『BJ21』絡みの話題なのだが。

    昨夜からこっち、あちこちのサイトや掲示板で話題沸騰の新ED。一番笑ったのが「先生がEDで童貞卒業しそうだった」という一文。それくらいBJと紅姐さんがワケありの仲のようなエロいEDだったのだが、紅さんの正体がわかってからでないと下手すりゃ近親相……(良心によりカット)。コホン。いやそれにしてもだ。BJが童貞だというのは半ば公式なんだろうか。つい先日も某様方でそういう考察をひーひー笑いながら読んだばかりだし、結構常識化している説であることは間違いなさそうだ。私が持っている『BLACK JACK 300 STARS' Encyclopedia』という本にも「実は童貞、の可能性も大?!」と書かれていて、この文章が発端なのかもしれないと思ったりする。

    個人的には、BJには大人の男であってほしい(綺麗な女性患者を診察するたびに鼻血出しそうになっている先生なんてイヤだ)ので、如月先生からブラック・クイーンの間の時期に何かがあったと脳内設定している(勝手に設定されたら迷惑だよな)。作品に取り上げられていないからBJに女性経験がないと断じるのは気の毒な気がするのだ。ギリギリになるまでどうしても告白できなかった如月先生への純愛と違って、BQのいる病院にまで乗り込んで手紙とプレゼントを渡そうとする様子なんかいかにも手馴れたもんだという印象があるのだがどうか? 落とす気満々に見えるのだが。BQに恋人がいるとわかったときの身の引き方も(寂しそうではあるが)執着が薄いというか「一人相撲か……フッ」みたいな潔さがある。そこそこ場数を踏んでいるような気がするんだけどなあ。まぁ、女性に交際を申し込むのに手紙を書くなんてこと自体、ウブだと言われればそれまでなのだが、あの当時はまだそういう手段もアリだったように思う。

    で、何の話でしたかな? あ、新EDね。ああいう画像(BJと紅さんが裸でクロスしている)をお子様向けの時間帯に放送してもよいのかとまず危惧してしまった。だって、BJにしろ紅さんにしろ裸に剥く必要なんてないもの。だが、あれを観てオワッとあたふたするのは汚れた大人の証拠かとも思う。何も知らない子どもの目には、ただ綺麗なものとして映っているのかもしれない。または何故だかちょっとドキドキするシーンに見えるかも。それはそれでまっとうな発育を遂げている証拠なのだからそれでヨシだ。大人となった今では、失くしてしまった子どもの視線が羨ましい気もする。余談だが、一昔前の児童文学には描いてはいけないものが三つあった(と、司書の講習で習った)。両親の離婚等の家庭内のゴタゴタ、死、そしてSEXである。それが現在では両親の離婚など日常茶飯事となり、それをある意味差別するような視点こそが問題となった。死やSEXについても、積極的に描写することは今でもないと思うが、情報が氾濫する現代において児童書に書かれないことにたいした意味はなくなってきたように思う。昔はタブーであったことが今は徐々に解禁されつつあるようだ。それについての賛否には触れないが、私が子どもだった頃に比べて、今の子どもたちは大人の情報を得る機会がより多くなっていることは確かだろう。

    何の話でしたかな? もう話が飛びまくって収拾がつかない。ああ、だからゴールデンタイムのアニメについても、ああいうシーンが出てきても大丈夫な世の中になったのかな、ということだ。でもそれなら、同じくタブーとされていた死についてもちゃんと描いてほしかったと思うのである。謎解きのために人が死ぬ『コ○ン』なんかとは違って、一人ひとりの命の重みが丁寧に描かれているマンガだと思うから。(よし、なんとか収まった。)

    7月3日はやはり「弁があった!」だそうだ。わ~い当たった! キリコさんの一大悲劇、絶対録画せねば!
    June 12

    「私は先生のかたきがうちたい!」

    本日の『BJ21』。あらまー! 先生とうとう紅蜥蜴に撃たれちゃったよ(オロオロ)! 気を持たせたまんま次回は再来週かいコラ! 社長を出せ!! まあ3発食らっても患者のオペを優先する先生のことだから大丈夫だとは思うが、まったく生傷の絶えない人だなぁ。ピノコちゃん、苦労が絶えないねぇ。
     
    原作は「本間血腫」。と言っても、今回はその導入編といった趣きだった。BJの恩師本間丈太郎の名を取った謎の心臓病、本間血腫。生体実験の謗りを受けて引退に追い込まれてしまった本間先生の晩年は不遇だった。「いかにきみが天才だとて、手術はしてはならん」という遺言には、医学の限界を知った苦渋と、愛弟子BJを気遣う愛情が溢れていると思う。その言葉に従ってBJは手術を断るのだが……。ということで、次回の完結編に続くようだ。本日の本間先生は杉野さん絵ということでまつげバシバシ(笑)。

    このエピソード、実は私には難しくてよくわからないのだ。原作の筋書きに瑕があるような気もするのだが、いや、やっぱり私が理解できていないだけか。本間先生が残した資料をBJは読んでいるのだから、本間血腫の正体を彼が知らないはずはない。いくら実の父親より慕っている本間先生の敵が討ちたくとも、治療法を見つけない限りいかに彼でも手が出せないことはわかりきっているはずなのだ。さて、Jr. はそのあたりをどう料理するのかな? サブタイトルが「紐育の奇跡」ということは、まさか治してしまうんじゃ……。

    このエピソードは元々バレンタインデーのネタだった。ピノコがBJに贈ったハート型のチョコと心臓が掛けてあったのだが、今回は舞台がニューヨークということで「I ♡ NY」がいっぱい出てきていた。なるほどね♪ あと、ピノコのお洋服が変わってましたな。つなぎの短パンでボーイッシュになっていた。両手を横に広げて走っていく姿がちょっとアラレちゃんみたいで可愛かった。あとは……そう、ペンダントの秘密に気付くまでは、とか、BJの父も母もニューヨークにいたとか(BJは帰国子女だったのか! ちっこいハニカミ黒ちゃんの可愛いこと!)、写真の背景は「恋人達の時計」だったとか、なんかいろいろあったような気がするが、そっちはもうどうでもいい。あれ? 今回BJ手術してないな。

    EDが今日から変わった。trfのなんとかいう歌(興味なし)。バックの絵はOVAふうで内田さん担当みたいだったが、ほとんどBJと紅蜥蜴しか出てこなかったように思う。紅蜥蜴がここまでクローズアップされるということは、やっぱり正体は小蓮ちゃんかと勘繰ってしまった。瞳の色もBJと同じ赤だし。(←この文章は大嘘でした。後から見たら瞳は紫。髪が赤でした。汗)で、謎の黒幕は写真の一番右の男ということでどーでしょー?

     
    世の中ワールドカップらしいが、ここは別世界……(笑)
    June 11

    パンドラの箱

    昔からずっと不思議に思っていたお話がある。「パンドラの箱」と言われるギリシャ神話。私が今まで聞いてきたあらすじというのはこうだ。

    「パンドラは神から与えられた一つの箱を持っていた。それは絶対に開けてはならないといわれていたのだが、彼女は好奇心に負けてそれを開けてしまう。すると、箱の中からこの世の様々な災厄が飛び出してしまった。彼女は慌てて箱を閉めるが時すでに遅し。ありとあらゆる災厄は外に飛び散ってしまった後だった。しかし、箱の中にたったひとつ残っていたものがあった。それは”希望”。だから人間は今でも希望だけは失わずに生きていけるのである。」

    どう考えてもおかしい。外に飛び散った災厄は人間界で大暴れしているのだから、希望も箱の外に出してやらねば人間の役にはたたないはずである。希望だけを封印されてしまっていたら、より一層悲惨な状況に陥ってしまうのでは?

    たまたま今朝、関口宏さんが「イラク戦争はパンドラの箱を開けたようなものだ」と言っていたのを聞いて思い出し、調べてみることにした。結果、ものすごい誤解をしていたことがわかったのだ。目からウロコが落ちるというのはこのことだ。正しい「パンドラの箱」の話は次のとおり。

    「(たったひとつのものを残して様々な災厄が外に飛び出してしまう、というところまでは一緒。)最後に残ったものは”未来を全て分かってしまう災い”であった。だから人類は希望だけは失わずにすんだ。」

    なんと、パンドラの箱には最初から災厄しか入っていなかったのだ。その中でも最大最強最悪の”未来を全て分かってしまう災い”が世に解き放たれていないだけだというのである。間違った「パンドラの箱」の話からは、人間には最後の希望というものが神から約束されているという、そこはかとないそれこそ希望のようなものを感じることができたのだが、正しい「パンドラの箱」の話からは、希望があることくらい信じなくちゃやっていけねーよという絶望感の裏返ししか感じることができない。まったくエラいことをしてくれたものだ、パンドラは。

    それにしても、災厄中の災厄が”未来を全て分かってしまう災い”だというのは興味深い。確かに、そんなことが分かれば人間の神経なんか簡単に焼き切れてしまいそうな気がする。(ここで、ファティマ第3の予言を聞いた教皇が卒倒したという事件を思い出したりしたのだが、それは今はとりあえず関係ない。神の代理人でさえ未来を知った衝撃に耐えられなかったのだから、一般人ならなおさら、と思っただけである。)しかし、その未来が明るく希望に満ちたものであるならば、それが分かることは災いとはならないはずで、そうでないからこそ災いなのだとしたら……? やっぱり希望はどこにもないということになってしまう。

    何を示唆しているのだろう。難しいな、この話は。